旧院長の闘病記

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私の闘病記と雑感(2)(壬生 敦郎)

 私が直腸ガンに罹患したと聞いてから、多くの人たちから激励の言葉とともにガンに有効といわれている多くの民間療法の勧めが送られてきました。
 私の姉妹たちからは薬剤師をしている姪を通じて{アガリクス・霊芝などの濃縮エキス}、娘の義父母からは{枇杷の種子の粉末}、嫁からは{釈尊会のご神符やご神水}、その他から{干しぶどう}や{石垣島のアセロラ}など送られてきましたし、義弟からは京都綾部のガン封じ寺・長源寺の護符も寄せられました。

 また後に大学の同窓会に出席した後は同級生より{大量のにんじんジュース}、{沖縄の柑橘類シークサワー}、{アマゾンの紫イペ}など、それぞれ大学の教室や教授、助教授の文献をつけて推薦してもらいました。
 現代西洋医学以外の医療の総称として相補代替医療(complementary and alternative medicine;CAM)は先進諸国で最近特にブームになっており、1992年に米国立衛生研究所に代替医療局が設立されて調査、研究が活発に行われるようになりました。相補代替医療(以下CAMと略)は補完療法と代替療法の両者を意味している用語ですが、日本では民間療法として認識されています。自然食品、健康食品、漢方薬、マッサージ、鍼灸、柔道整復、栄養ドリンク、サプリメント、健康器具などいろいろあるわけです。
 ガンCAMとしては(1)ニンニク、キャベツ、ダイズ、ニンジン、セロリなどの野菜類(米国ガン予防研、予防薬として推奨)、アマゾンの薬木紫イペ、アガリクスやハナビラタケなどのキノコ類、ラクトフェリン及び乳酸菌などそれぞれの大量定期摂取、(2)ゲルソン療法(ニンジンや野菜ジュースを大量に取る)、(3)ゲルマニウム療法、(4)赤外線温熱療法、(5)リンパ球療法、(6)丸山ワクチンなどが主なものです。

 昨年4月の日本ガン学会で国立病院四国ガンセンターの兵頭一之介先生が全国の専門医を対象にアンケート調査した結果を報告されています。それによりますと9割の医師がCAMについて相談を受けており、79%の医師がガンCAMは「無効ないしは多分無効」と考えておるにもかかわらず、そのときに「勧めることも、中止の勧告もしなかった」74%、「推奨」12%、「中止を忠告」6%と具体的な助言を行っていないことを報告されました。兵頭先生は「信頼できる情報の充実、整備、提供が必要」と指摘されています。
 このガンCAMについての情報は「何々でガンが治った」といった形で新聞・雑誌などに溢れています。よく見ますとこれら情報はすべて科学的裏付けのない経験談です。ただ中には科学的なデータの揃った情報もあります。例えば、長野県農村研究所が主体となった15年間にわたる疫学調査によると、エノキダケを日常的に食べている生産農家の胃ガン・食道ガンでの死亡率は県全体と比べて前者で55%、後者で62%少なかったといったものです。このようなデータからキノコ類はガンに効果があるという結論が出るのでしょうが、このデータはガンを予防する作用があるので、ガンを治す作用があるわけではありません。CAMの情報には「予防効果」と「治療効果」が混同されてますます混乱しているような気がしてなりません。ガンCAMについては是非詳しい調査研究と情報提供が欲しいと思っているのですが、今の私には間に合いません。実のところ現在の私は霊芝やアガリクスの茸類の濃縮エキス、紫イペ、大量のにんじんジュースなどを試用しております。抗ガン剤の効果は30%程度と考えておいてくださいといわれますと心細い限りです。ガンCAMは免疫力の活性化を求める免疫療法と考え、「効くかもしれないという期待がもたらす免疫力増強を願って」、「抗ガン剤の副作用を減らすため」、「知人・家族に進められているから」、「少し高価だけど害はないだろうし補完治療になるか」などと自分を納得させているのですが、「現代西洋医学にたいする不満」も全くないとは言えないような気がします。
 それではおまえのCAMが有効かと聞かれると、効いているかどうか、おう吐・下痢・食欲不振などの抗ガン剤の副作用が少ないのはCAMのせいかもとしか答えられません。

 7月3日、県病院内科のT先生にお会いして治療をお願いしました。
 7月4日、T先生に入院依頼の電話をしましたところ「外来での大腸細胞診の結果はwell differentiated cell tumor(高分化ガン-一般的にはそれほど悪性度は強くない)となっていて、肺転移するほど悪性とは思えません。他のところに別の病巣があるかもしれませんので早急に入院して検査をした方がよろしいでしょう」ということでした。この頃下肢の腫れは徐々にひどくなり足背にもきてましたし、陰茎・陰嚢にも拡大してきました。

 7月9日、県病院に入院。どこも痛いわけではありませんし、みぶ小児科の代診は息子真人がやってくれることになりましたので、ハイキングに行くような気分でした。入院の道具の中には、ポータブルCDプレーヤー、ベートーベン・モーツアルトから美空ひばりまでのCD、磁石碁盤、これまで長く続けていましたNHK英会話の教材、ラジオなどとともに沢山の本もありました。
 ところが入院した病室は電波の関係でNHKラジオが聞こえませんでした。また入院して分かったのですが、患者は看護師さんの検温・血圧測定・血中酸素飽和度測定・聴触診、食事の配達、看護助手さんのお茶配り、掃除婦さんの訪問と結構忙しいのです。クラシックのCDは途中で止めますと初めに戻ってしまい、どこまで聞いていたか分からなくなります。狭い碁盤に碁石を並べていてもたびたび中断すると集中できません。結局CDを聞くのも、碁石を並べるのも、NHKラジオ英会話の勉強も断念してしまい、本を読むことしかできなくなってしまいました。血中酸素飽和度測定で思い出しましたが、毎回pSO2を測定されたり、息苦しいことはありませんかと聞かれますと、だんだん病人らしい気持ちになったものです。入院時の病名が{転移性肺腫瘍}ですから仕方がないのですけどね。

 7月 9日午後、躯斡MRl検査。
 7月10日、胃カメラ検査。これは思ったより楽でした。T先生の技術が優秀だからかもしれません。組織検査施行。
 7月11日、泌尿器科受診、膀胱鏡検査。私の年配の知人が前立腺肥大で泌尿器科を受診した際に「こんな恥ずかしいことをされるのなら、戦争の時に鉄砲の弾に当たって死んでた方が良かった」と話していましたが、やはり羞恥を感じました。検査そのものは麻酔が効いて痛みはなかったのですが、膀胱鏡の後の痛いこと、おしっこに行くと痛みと共に血だけが出てきます。終わってベットに帰るとまたトイレに行きたくなります、また痛みと共に血が出ます。たびたび冷や汗が出ましたが、夜半にはさすがの痛みも頻尿もなくなってきました。
 7月12日、再度大腸内視鏡検査を行い、組織検査を幅広く行いました。
 7月15日、ガリウムシンチグラフィ検査のためのガリウムの静脈注射を行いました。
 7月16日、検査結果待ちの時間があるため仮退院。
 7月18日、外来でガリウムシンチグラフィ検査。
 7月25日、本格的な治療のため再入院。T先生からこれからの治療方針について詳しい説明を受けました。『諸検査から大腸、腹部大動脈周囲リンパ節、肺に病巣があることは確かですが、大腸病巣部の組織検査は前回と変わりありません。膀胱の組織検査も異常ありませんので、やはり原発巣は大腸と考えざるを得ません。ただ、膵臓に発見しにくい病変があると治療方針が変わりますので、念の為に明後日ERCPをさせてください。明日はこれからの治療のため、またもし治療中に食事が取れにくいときには利用しやすいのでCVCを入れさせてもらいます」とのことでした。たちの悪くない大腸ガンなのにどうしてあちこちに転移があるのだろうと言いますと、息子は「持ち主が表向きはもの静かで・おとなしそうで・優しそうで紳士的に見えていて、内面怒りっぽくて・かっかしやすく・意地悪で・エロじじいなんだから、ガンも持ち主に似たのだろう」とほざきました。
 こんな憎まれ口をたたく息子が、勤務していた国立病院岡山医療センターを退職して、私の診療の代行をしてくれるようになったのですから感謝感謝で文句を言うこともできません。
 7月26日、CVC施行。
 7月29日、ERCP施行。
 これはつらい手技でした。胃カメラと同じような検査なのですが、内視鏡のチューブが太く、喉頭部を通過するのにおう吐反射が強く涙が出ました。T先生のお話によると普通はもっと楽なんですけど、県病院の器具は旧式なんでねということでした。

 7月31日、本格的治療開始。
 膵臓に異常がないということで大腸ガンをターゲットに本格的な治療が始まりました。
 カイトリル・アイソボリン・5FUの点滴が約4時間かけて行われました。
 8月 7日、同じ治療。
 8月14日、同じ治療。
 8月21日、同じ治療。
 8月28日、同じ治療。
 9月 4日、同じ治療。
 9月10日、CT検査。
 9月11日、退院。

 この抗ガン剤治療は1週間に1回、6回を1クールとして行います。口内炎・おう吐下痢・食欲不振・骨髄抑制などの副反応が多いということでしたが、頻回の血液検査でも異常はなく、ただ胃重感・胃もたれ感・食欲不振があっただけでした。これは病院の食事(炊事の人の苦心・心遣いは分かるのですが、余りおいしいものではありませんでした)が長くなりましたし、運動不足でもありますから仕方がないかもしれません。また文献にはありませんが、美人を見てもときめかなくなり、勃起現象もまったくなくなりましたが、これは副反応なのか加齢によるものかは分かりません。退院のときにはT先生より「ガンに関してはNCですので、これからは当分の間外来治療でいきましょう」ということで退院許可をいただきました。

 今回の入院中、T先生は私をプロの医師として話をされますので、時々理解不能な言葉がでてきます。前述しましたCVCは中心静脈カテーテル、ERCPは内視鏡的逆行性膵胆管造影(これは検査前に詳しい説明がありました)、NCはガンの予後判定の略語で不変、悪くなっているとPDと言うのです。これからはT先生に素人扱いをお願いしようと思っています。

 最近、医師間の略語だけでなく、カタカナの分かりにくい言葉が増えています。よく使われるアイデンティティなんてどういう意味か、デジタルとアナログが時計の文字盤以外で使われると理解不能になるのですが、これも加齢現象なのか、薬の副反応なのか、どちらでしょうか。

今治市医師會会報 2003年 3月15日号掲載